金光教の先生には厄年を「役年」お役に立つ年ですよと教える方がいる、年末年始は厄除け大師の宣伝をよく目にしますが、金光教は厄祓いなどはありません。
ただ生きるリズムの中で身体の調子が悪い時期が巡るのが、平均して同じ年回りなのだと感じます、そして私は注意散漫な巡りの真っ只中にいるようで…。もともと何もないところで転ぶ特技がありますが、先日いつも通り外掃除の最中に土から少し出ていた桜の根っこにつまづき、顔面から道路に倒れる‼︎箒とちりとりを持ち両手がふさがった状態でしたが、体制を立て直せたのです、金光様に庇っていただいた実感でひやりとしました。
また先週は朝教会長を起こしトイレへ連れて行き、何故か開いたトイレのドアに左顔面を強打しました、あまりの痛みと衝撃に大笑いで腫れは目立たなかったものの治りかけの変色状態の現在は無惨で、久しぶりに会った近所のママさんから「どうしたのよ⁉︎」と驚かれてしまいました。人はこういう時厄祓いしたくなるのかなと少しわかった気がしますが、私の場合確信できるのはもっと悲惨なるところを、最小限の痛みや後遺症に留めて頂いた事実です、よくぞこれで済んだなとお礼が湧いてくるばかりです、結構そそっかしい人で…。
今日も助けられて一日があります、金光様ありがとうございました。
