遠い昔のような…

思えば昨年の1月、金光教合楽教会長 大坪勝彦先生の癌が見つかり、病状のどうしようもなさに足下がガラガラと崩れていくような、絶句の一言。ただ預かりし亀有教会広前と、重度障害者の髙松順子教会長はひと時も手を離すことはできない、そのおかげで心は沈むも毎日欠かさず御用にお使い頂き五行を貫けたのです。

お見舞いも叶わない世の情勢、告別式はライブ中継という信じられないことが常となり現在に至ります、親さまの執念とも言える願いを受けて、辛抱力のかけらもない結婚したばかりの夫婦は、ただひたすら親さまの願いだからと必死に駆けてきました。親さま亡き後あれこれ考え込みもしましたが「おまえボサーっっとしとるヒマはなかぞ」と懐かしきお声が聞こえた気がして、ハッとして親さまの勉強会や講話の音声を聞き込むようになりました。面白いもので在りし日より入り方が全く違います、姿がある頃は甘ったれていました、教典や資料を広げ、まるでマンツーマン指導を受けているようです、こうやって私たちの中に生き続ける「生神」になられたのだと感じています。

今日は甥っ子の誕生日、私が成人式を迎えたその日のこと、嬉しくて修行生の先輩たちに言い周り、その時の様子を教会長もよく覚えているそうです、若気の至りでした…、明日もよろしくお願いします、ありがとうございました。

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