お供えもの

野菜室が空になった。買い物に行った際、買い足そうかと思ったが、冷凍している野菜や常温保存の野菜が多少あるのでやめにした。その次の日「ドサッ!」と言う重低音で宅急便が届いた、二箱。開けてみると人参さん大根さん、キャベツに白菜、ネギなど土のにおいがする新鮮野菜の数々がぎっしり入っていた。

遠いところでひたむきに教祖様の信心を求めておられる人が育てたお野菜、時々こうやって神様にお供えを届けてくださる。自分の家庭のこと、たくさんの関わりある方のこと、一つ一つの問題を電話で取り次ぎお受けになる。改まること、和賀心になることを成り行きを頂きながら懸命に稽古されている。

教会は基本お供えになった物で生活させて頂く。お供えがあると畏れ多い思いもあるが、信者さんは教会と見えない電線でつながっているのだなと確認できる。だからこそ教会広前は休みむことなく、生き物の世話と同じように手間ひまをかけないといけないなと思っている。お供えものは形に表れた御礼だが、その根源に信心の喜びが育たなければならない。その責任は教会にある。

生きた教会でありたい。

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