祈りの国の民草

子供の頃親に連れられ行った合楽教会、お菓子やおいしいパンがもらえた記憶、広くて人がたくさんいる所、祖父のお葬式はお坊さんの出番、お経が長く足が痺れ焼香が楽しかった(⁉︎)、クリスマスは近所のキリスト教の教会へ、友達にもらった案内のビラを持参するとお菓子と引き換え(食料確保は重要)、劇を見た後みんなで歌を歌いました、特に何も考えず信仰へ関わりがある時代でした。
少しでも歯車がズレれば今頃どうなっていたか、合楽教会ご家族と亀有教会 髙松先生と出会い今生かされている、このように皆さまと繋がる幸いを噛み締めます、今日も一日ありがとうございました。

“祈りの国の民草” への1件の返信

  1. 本当に縁とは、どこでどう繋がるか誰にもわからないと思います。考えれば考えるほど不思議ですね😃何故だかわかりませんが、振り返って見るとひとつひとつの出来事や事柄に意味があるのだと思います。やはり起きてくること全てに意味があるのだと。これを、成り行きは神の働きというのでしょうね😃今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA