月例祭について

これまで毎月四回(1日・10日・18日・23日)13時より仕えられてきました月例祭につきまして、今後は下記三回とすることにいたしました。
具体的には毎月18日の災害復興祈願の月例祭を、毎月11日(14時46分)の東日本大震災復興ご祈念と統合する運びとなりました。
ご了承のほど、よろしくお願いいたします。

・毎月1日(月初め祈願)

・毎月10日(教祖様祭り日)

・毎月23日(初代教会長祭り日)→月例霊祭と併せて執り行います。

※なお大祭や霊祭など他の行事と重なる場合は、その行事に変更されます。

秋季霊祭教話

先日(9/23)の秋季霊祭、祭典後の教話を掲載いたします。お話の要旨は、

①教会のパソコンが起動させようとしても自動修復失敗を無限に繰り返し使えなくなるという、突然の思いもよらぬ成り行きを通して、無限ループに填まっていたのは自分自身の「我(が)」であったこと

②そのタイミングで昨今、不足気味の貴重なお米のお供えがあったことを通して、自分の心の中も「ままよ不足」であったこと

という二つの気づきから「自分が」という「我」を放して、「ままよ」の心に取り組ませて頂こうと心の向きを変えていこうとしたところから、確かな手応えを感じ取らせて頂いたという内容でした。

24.09.23 秋季霊祭教話(末永正次師)

秋季霊祭

ついこの間までのすさまじい暑さが嘘のような涼しい秋空に恵まれた一昨日、午後1時よりお広前におきまして秋季霊祭が仕えられました。このたびのご霊祭は5年ぶりに祭典回数を一回に統一し、また典楽もお広前では久しぶりにお供えさせて頂くことができました。
参拝者の中には早朝4時頃から起きて手作りのものを準備し、お供えをされた方も何人かあり、その思いと真心を御霊様方が喜びいっぱいで受け止められているものを感じずにはおられませんでした。

なお祭典後のお話しは後日、掲載いたしますので今しばらくお待ちください。

教会と信奉者の源泉

本日は金ちゃんが前教主・五代金光様の50日祭参列のため、私がブログを書かせて頂きます。
「教会あるある」の一つとして私ども教会家族が御本部や親教会に参拝する時は留守中の教会も、その御比礼を頂いて必ずと言っていいほど、いつもとは違う成り行きが起こり、てんやわんやの大忙しになるという法則があります。今日も例外ではなく、朝からいつも以上に数珠つなぎのように参拝が続き、また電話でのお届けも立て込みました。
そして極めつけは夜にこのブログを書いていたら突然画面が消滅!こんなことは初めてです!!保存できないまま消えたので、おかげを頂いて執筆もまた最初からやり直し!パソコンちゃんは私よりも金ちゃんの方がお好みのようで・・・気を取り直し「ゴメンよ、明日はまた金ちゃんがやるからね」と声をかけ、再チャレンジしてここまで書かせて頂きました。

五代金光様のご次男である金光清治先生は「各地の教会広前は、本部広前と見えない水脈でつながっている」とお話しくださったことがありますが、まさにそれを実感します。やはり御本部広前は私どもの源泉です。今日も一日ありがとうございました。

9月1日・月初め祈願月例祭

ご霊祭月に入った昨日、午後1時より月初め祈願の月例祭が仕えられました。
祭典後の教話では祭主がお世辞にもきれいとは言えない手書きの用紙を交えながら先日、前教主金光様の本葬に参列された総代さんのことを引き合いに出しながら今月の信心の指針を示しました。


24.09.01 月例祭教話(末永正次師)

そうしましたら今日の午後、その総代さんが喜びいっぱいで御礼参拝に見えられました。改めて本葬を終えてから自宅に戻るまでの一連の成り行きを詳しく聞かせて頂き、本当に大変な中にも手の込んだ神様のお繰り合わせの中におかげを頂かれたことが伝わってまいりました。極めつけは帰り道の予定変更に伴い発生した宿泊代、特急・新幹線代とほぼ同額のお金が今日の参拝の道中、思わぬところから入ってくることとなりましたとのお届けでした。本当にこの神様のお働きには、つくづく畏れ入る思いがいたしました。
下記は偲び草の色紙(前教主金光様が書かれた天地書附)とパンフレットです。