和賀心典楽会

本日は月に一度の典楽お稽古の日。小さなお広前にお琴と龍笛が響きわたり、教会全体が独特の雰囲気に包まれる、贅沢だなあと思う。

三人の楽人さんと、指導に来てくださる先生がお一人。輔教研修で隣り合ったご縁が、数年経って楽の指導をお願いすることになった不思議。それぞれがその成り行きを大切にして歩んだ先に典楽の発足があった。

三人三様の人生、神様のお育てを頂き、決して何もかもトントン拍子ではないけれど、そこに神様の願いや想いを感じながら、日々和賀心を目指して取り組んでいる。まさに在家出家、頭が下がります、お稽古ありがとうございました。

 

あさがお

今月は秋季霊祭の月。

先月、同じ教会で修行した先輩がお国替え(亡くなること)をされた。まだ還暦前。同時期の在籍は短かったが、表裏のない朴訥とした修行姿勢には見習うべきものがあった。今日はその先輩の誕生日だ。

朝から先輩に想いを寄せた。人を気遣い、自分を空にしていくことに徹底的に努めていた姿。できればもっとのびのびと生きて頂きたかった・・・などなど。

すると今はお休み中のアジサイの枝が目に入る。巻き付いていたのは、まいてないのに生えてきたアサガオのツル。そして淡い水色の小さな一輪。先輩からの「ありがとう」を感じた。きっと御霊の世界では自由無碍に邁進されてますね。

先輩、お誕生日おめでとうございます。

                                  

秋が来ている

今朝はヒヤリとした空気が町を覆っていた、湿度は高いが心地良い。そう思ったのもつかの間、四六時中屋内にいる教会長の咳が止まらない。ここ数年外気が冷えると、触れてないのに咳が出る。やれのどを温め膝掛けを厳重にしてと・・・段取りをしながら思うこと、私の秋の代名詞は秋刀魚や柿ではなく、「教会長の咳」である。

秋の広前一景です。

信心辛抱

お広前に掲げてある「信心辛抱」のお書き下げは、教会長が修行時代に師匠から頂かれました。

昨年、ある先生から教会長に進呈された四代金光様・金光鑑太郎先生ご直筆の「信心辛抱乃德」