刻々と刻む

昨日から肩や頭が痛くなり、日常の生活には支障ないもののすっきりしないままだ。白髪を蓄えるほど重みのある人生とも言えないままに白髪は増え、神さまの御用にも立てていないのに肩がこるなど笑止千万の極み、28日の天地金乃神大祭に向けて神さまの叱咤激励だと受け取らせて頂く。
今日は当日プロジェクターで流す予定の映像「亀有教会布教史」を改めて確認させて頂いた、20年前の写真に写っている方々の半数はお国替えになっている、たくさんのお世話になった方々。今教会の歴史の最先端を行く者として、何の為にこの亀有教会は存在しているのか、その目的を明確にしつつ現在が過去になった時に必要な時間だったと振り返ることができるよう、ひたすらに突き進んで行こう。

あと10日

4月28日の金光教亀有教会天地金乃神大祭まであと10日、今日は災害復興祈願の月例祭が仕えられた。連日「平成」を華々しく振り返るマスコミの声を入れないようにつとめている、おそらく後の日本の人々は「平成」を災害の多い時代として記憶に留めることになるだろう。そしてどんなに過酷な状況でも礼を失わず、ひたむきに耐え日々前を向いて歩こうとする、たぐいまれな精神性を持った日本であると「昭和」に続き証明した30年でもあったように思う。

私自身は屋根についた家に住み、家族を頂いている、本当に平凡な形だろう。それでも信心と出会わなければこの日常は絶対に無かった、平成は私の生きる方向を大きく変える出会いに満ちあふれていた、感謝という気持ちを知ることが出来た。大祭まで10日、感謝に溢れたお祭りを迎えられますように、精一杯の真心を尽くさせて下さい。

黒猫にゃー

もう5.6年は経つだろう、この辺の野良猫グループに属さない迷い猫が現れるようになった、毛は黒でフサフサしかも毛量が例えようもなく多く、一見猫に見えない姿だ。初めのうちはこの辺りのボス格から追い立てられ、たびたび追いかけられる様子を目撃した、元は飼い猫か、たまに教会ベランダ横の屋根にてお昼寝していることもあり、目が合うとなんとも愛らしい瞳をしている、「頑張れ」と内心応援。

最近はその愛らしさのままにボスファミリーに受け入れられ、後を追い追い行動している。また、朝早くと夜になってとそれぞれ餌を野良ちゃんに配る人もいて、生活は安定しているようだ。

この猫を見ると、自分もこの知らない町に流れ着き、日々神さまのやっかいになっているのだなと非常に共感する部分がある。愛らしさでこの猫が生き延びているのなら私は、神さまのおかげを頂かなければ明日がない、切羽詰まった存在だという自覚で生きている。ともあれこの猫は本当にかわいいのです。

晴れました

本日は金光教合楽教会の天地金乃神大祭が仕えられました、亀有教会から主人と信者さんが参拝し玉串奉奠のおかげを頂いたそうです。

教会長と2人、お手伝いのヘルパーさんや、お花を持ってきて下さったお隣さんと、にぎやかにすごしました、ありがとうございました。

願いのはざまに

「祖母が意識不明で入院したそうです、どうぞ神様にお繰り合わせをお願いします」電話口で切実に願われる信者の方、実家から遠く離れた関東圏に嫁ぎ婚家のこと、実家のことを実意にお届けされる、あたりまえのようで出来る人は少ない。

お願いしているとふと心に私自身の祖母が浮かんだ、祖母は祖父の事務所を手伝うため毎日ツーピースのスーツを身にまとい、革の書類バックを持って家を出て行く、帰りは買い物袋を下げて階段の多い町をゆっくり登ってくる。その姿が見えると駆け下りていき買い物袋を持ってあげた、小柄で洋風な顔立ちで洗練された祖母が自慢だった、お届けになった信者さんの御祖母様もやはりモダンな方なので、姿が重なったのだろう。

14歳で離れて以降一度も会うことのなかった祖母、お勤めしていても台所は磨き上げられ、お料理はいつも何品もつくっていた、食べるのは祖父だけ。一度大葉の天ぷらを味見させてくれたが、その食感と風味は記憶にはっきりと残っている、おいしかった~。

信者さんの御祖母様のお願いをしていたら、記憶の彼方にある自分の祖母を思い出した。今生での縁は儚くともいつの日か御霊の世界で再会できますように。