仙人といえば

気がつけば白髪が増えた、年相応で嫌ではないが白髪を見ると、それにふさわしくない自身の現状に情けない気持ちになる。白髪は仙人や徳分を積んだ特別な人こそふさわしいように思う、品性も知性もない自分に白髪があることが詐欺のような気がする。

老眼が進み、初めて弱めの老眼鏡を使用しくっきりと見えた時には感動した、私も人並みに老眼か~と感慨深くつぶやくと、主人が奇妙な顔をして見ていた、人それぞれだ。老眼と白髪は同じようで違う、この感じ方も人それぞれだから、私の白髪観も誰か共有できる人がいるだろう。

成り行きは神の働き、白髪も老眼も神の働き、どう頂くか楽しもう!タイトルの仙人といえばですが、芥川龍之介「杜子春」の仙人が好みです。

新しい靴

子供の通学靴を新調せねばならず、土曜日の午後行こうと約束をしていた。ところが学校の保護者会が予定より長く、午後の部活動に間に合わせたい子供は一人で出かけたという。靴の試し履きはするだろうか、それ以前に何処の店に売っているかわかるだろうかと気を揉んだ。彼が帰り神さまに靴をお供えをしていたので、おいおいサイズは合わせたのか、金額は大丈夫かと聞いたらば、ちょうど催事場で靴のセールの開催中で、有名メーカーの靴が格安だったという。半分ホント?と思いつつ見せてもらうと、まあ立派な靴、学校では白の紐靴なら何でもよいとなっているが、丈夫そうで且つ子供のオシャレ心を満たす靴だった、私には探せなかったと思う。

今回学校を替わるなど下の子の成り行きを頂く中で、成り行きを信じているのかを問われていた。子供を見て成り行きを見ていない、だから心配になり暗中模索に自分を追い込んでいた。今日の働きを頂いて、もっともっと成り行きは神さまの手の込んだお働きだと信じぬく稽古が必要だと、これからが楽しみになった。

桜からこぼれる陽の光がことさらまぶしい一日だった。

日々覚悟を

教会前の歩道や道路、あたり一面桜の花びらで埋め尽くされている、お掃除お掃除。

花びらと枯れ葉では、一枚あたりの表面積は比較にならないが、集めてちりとりに受け取ればその差に驚く。圧倒的に花びらの方が重い、ずっしりとした手応えがある。水分の供給が終わり落ちていく枯れ葉は本当に軽い、命を咲かせる花は散ってなお生命力をみなぎらせているようだ。

ドウダンツツジの葉も見えてきた、寒さが戻ってきてはいるが季節は移ろう。記憶に新しい訳ではないが鮮明なる昭和から平成への代替わり、あの時の厳かさとは大分違うが、自身の心には大節をお迎えする構えをしっかりと持たせて頂こう、日本に住んでいる者として、桜を愛でる国民として。

加齢なる進化

新鮮などろつきネギがたくさんにお供えになる、上の緑のところと白いところを切り分け、白は冷蔵庫に.緑は夜のおかずに刻む、量が多いので一度に使えないが緑の楽しみは色々ある、毎年定番になったのは「ネギ味噌」だ。刻んだ緑部分をフライパンでから煎りして水気を飛ばす、糖度が高いので火は弱め、そこにごま油をたらりと回し入れよーくなじませる、量が3分の1位になる頃カツオでもいりこでも何か粗く挽いただしを入れ、好みの味噌を入れる。よーく混ぜ合わせたら、はいできあがり。清潔なビンに分けて冷蔵庫にストック、出来たてとしばらく寝かせたものでは風味が変わるのも楽しい。
合楽教会で修行中は季節の野菜がものすごく大量にお供えになることに、いささか恐怖を覚えた(若かったこともあり)。今は楽しい、お供えして下さった信者さんに想いを寄せて取り組ませて頂ける、年の功とはこういうことか!

ホッとなお働き

寒い・・・4月ですよね、改元は天地に響いているようで。亀有の広前は温かです、今日は月例祭ですが時間ちょうどにお参りした方は月例祭とは知らず驚きのご様子。この度初めての手術を控え緊張の面持ち、神さまのお働きの中だと重ね重ね成り行きを頂くものの、つい不安になりますと・・・そしたら今日ちょうど月例祭に参拝でき、やっぱり神さまは畏れ入りますね!!と、喜びを抱えて帰られました。
教祖様の御理解で井戸替えに例えて「八、九分変えて退屈してやめれば病気災難の根はきれぬ」とあります、退屈というか不安に押しつぶされ.お医者にかかるなら、わざわざ神さまに取り次がなくてもという考え方もあります。それでもその病気にかけられた神さまの願いというものがある、金光教でも信心は先生がすればいい信者にはおかげをやればいい、という考えの方は沢山います。でも・・・もったいない、不安の中にも神さまが語りかけてくださるような道を教えて頂いているのに、教師も信者も共に磨く世界を教祖様は開いて下さった。
地道に取り組みます。