早い~!!

ひと月の過ぎるのは歳と共に早く感じるが、今月はとびきりその感が強い。年明けで行事が多いこともあるが、初めての参拝者や若い方の切実な参拝、上京して10年経って地元以外の教会に初めて参拝された方など、普段の参拝者の方とともに様々なお取り次ぎが繰り広げられたお広前。

その間教会内部では教会長の寝具を新しくさせて頂いたことが有り難い。寝返りが出来ないので、マットレスの上に厚めの敷き布団、さらに海外某寝具メーカーの体圧が分散されるものを重ねているが、十年以上経ち腰の辺りが沈みやすくなっていたので、昨年師走頃、買い換えを検討していた。すると間髪を入れず「教会長先生の身の回りにお使いください」と一言を添えて、お供えが上がった。鳥肌が立った。すぐに手配をして現在気持ちよく休んで頂けている。

お参りされる方の一心と、教会家族の日常の歩調、狂わないように常に慣れは禁物であると自身に言い聞かせる。その緊張感を修行と頂くか、有り難いと頂くか、どちらでも神様は見守って下さると。一日一日積み重ねた今月、様々なお働きに畏れ入るばかりでした。

 

福引き

1月13日日曜日、新春恒例の福引き会「亀有の宴」開催。今年は合楽教会・初代親先生のお言葉やお歌中心に一年の柱となるようなものを選ばせて頂いた。自分も引くのだが選定作業の時「これは引きたくないな」と思ったみ教えを頂くことが多い。今年はというと・・・、

「信心辛抱梅の花 やがて鶯来てとまる」

修行生当時、教えを聞くのは何よりの楽しみだったが、教えによっては怖いような内容のものもある。「身が入ってくると必ずお試しがあります」「信心には辛抱が一番大切」「苦さを味わう、楽に魅せられない」こういった類のものだ。
神様のお働きを頂ける魅力的な教えと、尊敬できる先生方とご家族、そんな華やかな世界を夢見て修行に入った勘違い人間の私。「辛抱」やら「人より一年遅れて分限者になる」なんて、ぞっとしていた修行生時代は周りに相当辛抱をかけた数年間だった。
亀有教会に来て17年、身体が動かない教会長のお世話は、まあいろいろある。若い頃なら逃げ出したいような生活だが、信心を教えてくださった合楽教会長から頂いた「私は今まであなたの成り行きを見てきたよ。あなたもその成り行きを探してください。」という言葉、恩師の信心を証明したい一心で、1日1ヶ月1年10年の積み重ねがある。しかし信心辛抱ではなかった。今年は少し意識してみようと思う。

お供えもの

野菜室が空になった。買い物に行った際、買い足そうかと思ったが、冷凍している野菜や常温保存の野菜が多少あるのでやめにした。その次の日「ドサッ!」と言う重低音で宅急便が届いた、二箱。開けてみると人参さん大根さん、キャベツに白菜、ネギなど土のにおいがする新鮮野菜の数々がぎっしり入っていた。

遠いところでひたむきに教祖様の信心を求めておられる人が育てたお野菜、時々こうやって神様にお供えを届けてくださる。自分の家庭のこと、たくさんの関わりある方のこと、一つ一つの問題を電話で取り次ぎお受けになる。改まること、和賀心になることを成り行きを頂きながら懸命に稽古されている。

教会は基本お供えになった物で生活させて頂く。お供えがあると畏れ多い思いもあるが、信者さんは教会と見えない電線でつながっているのだなと確認できる。だからこそ教会広前は休みむことなく、生き物の世話と同じように手間ひまをかけないといけないなと思っている。お供えものは形に表れた御礼だが、その根源に信心の喜びが育たなければならない。その責任は教会にある。

生きた教会でありたい。

美しい食事

大人一人が通れるほどの境内地に小鳥の置き土産か、二本の南天が生えかれこれ6,7年、毎年花が咲き実を付ける。昨年の暑さと雨の少なさをものともせず、たわわに実を付けた見事なお姿、お正月のお飾りに重宝している。そして数年前からお客様の訪問が始まった。

「ギーギー」と乾いた空を突き抜ける声、数羽のヒヨドリだ。仲間で合図でもしているのか。鳴き声が止み部屋の中から南天をのぞくと・・・、一羽が見張り番に立ち、もう一羽が上手についばんでいる。食べたら一旦二羽とも飛び立ち、またしばらくして同じようにやって来る。役割分担に感心。一羽が食べる量は5粒ほど、たくさんの実をあちこちつつくことはなく、残った実は整然と並んでいるから驚く。

教会広前御結界の窓から見えるこの風景、実はヒヨドリのことは鳴き声がうるさい鳥くらいにしか思っていなかったが、その行動の秩序ぶりに何と節度のある食事だろうと麗しささえ抱いている。必要なものを必要なだけ頂く、思えば人間以外はそうやって生きている。小さなヒヨドリの生態に教えて頂く自然に沿った生き方。ちなみに南天よりも千両の実を好んで食べる。好物があるところもまた趣があっていい。

夫が病になる 其の二

結婚以来初めて経験した夫の病気、これは一大事と受け止めたのは夫が教学研究所時代「米といえば末永」と肩書きがつくほど(変だが)米大好きな人が、米を食べられなくなった。普段一食につき一合半は食べる夫は、初めてのおかゆ生活に突入、なんとお米太りしていた身体が多少すっきりとしてベルトの穴も緩くなったようだ。夫は回復後もお粥食は続行すると決意。「寒信行ならぬ粥信行だね」とは本人の談、口をつく冗談も平常に戻ったようだ。

病気が治ったことの有り難さ、今まで健康で休まず御用を務められたことの有り難さ。なにより毎日食べる米の量に若くもないのにと心配していたが、そうではなく、これまでおいしく楽しく有り難く食べさせて頂いたことに感謝、そんな思いを込めてお米を研がせて頂こう。