夕食後は教会長の車椅子をリクライニングして、身体をしばし休めてもらう、その時間好きな映画やドラマなどをテレビに流す。私は片付けをしているが今日は面白い話が聞こえてきた、寝ているウサギをどうして亀は起こさなかったのか、もしかしたら倒れているのかもしれないと考えなかったのか、と。私が「亀は目の前の道以外何にも見えてないんじゃない」と教会長に話すと、その後主人公もそんなことを言ったようだ。そもそも亀の視野はどれくらいか気になり調べると、両目で見ると狭く片目だと広くなるそうだ、ただ視力は良くはないらしい、ざっと調べでは。
今月の教会はかつてない5月になった、天地金乃神大祭のごヒレイがみなぎるお広前のお働き、あっという間に今日の月末を迎え、駄目押しのように凄まじいお働きを目の当たりにした。教会長は車椅子で指一本動かせない修行、私たちはその教会長の日常を支える修行、この積み重ねは亀そのもの、周りを見たらおそらくやりきれない思いに歩みを止める。だから目の前の道以外見ない、その先に師匠の背中が見えるからただ追いかけてます。
さあ6月に突入します!ありがとうございました。
旬のもの
筍やフキのお供えを美味しく頂きそろそろ尽きる頃、絹さややスナップエンドウのお供えが神さまに上がるようになる。スーパーの売り場では小さなトレイに行儀よく並べられ、棚のちょっと高い場所に品よく置いてある彼ら、そして夕方の食事の準備にかかる私は野菜室からずっしり重い絹さやの袋を取り出す、彩で使うのではない、絹さやで一品を作る、これぞ教会あるある。
1番皆が好きなのは油揚げと絹さやの煮物、これは定番料理で子供たちもするする頂く、煮物好きの教会長はこれがあるとご飯を少し多めによそっても完食してくださる、まさに小さな巨人・絹さやだ。スナップエンドウはゆでてマヨネーズをかける、芸術的に、これに限る・・・いろいろ試したものの、結局この単純な食べ方が1番人気だと気がついた。
農家の信者さんや、家庭菜園で収穫されたもの、同じ野菜でもいろいろな場所で育てられた、そしてお礼と真心いっぱいでお供えになるものばかり、一所懸命美味しく頂きます、ありがとうございます、合掌
ピアノの音
下の子は1年くらい前からピアノを習い始めた、大きくなってからのお稽古は可能かどうか、見つけたピアノ教室の先生に尋ねると「いくつからでも大丈夫です」と、心強いお返事をいただけた。先生の指導も合うようで習っている曲を練習している音色が、とても優しい。上の子のピアノは力強い音なので、やはり性格?もちろん上の子も優しいのですが。
先日から技術の時間に電動ノコギリで作業中、左の人差し指と中指をケガし計4針縫ったり、運動会の練習と部活動でくたくただが、おかげを頂いて毎晩練習している、小さい頃から喘息で度々入院し、友達と遊びに行くと発作が出たり、中学受験での挫折など本当にこの子は転びながら道を歩いているようだ、ただどんな状況でも気持ちが優しく(同級生および保護者談)、落ち着いて物事に向き合う、私と主人の方が落ち着きがないと思える。
この子を授かった時、子供をもう1人育てる状況に程遠く、病院にも行けず1人悩みぬいた。6か月を過ぎどうしようもなく教会長と主人に伝えると絶句した、亀有で一緒に生活して4年、やはり心からは馴染んでいなかったと思う。しかし信者さんに伝えると皆さん拍手で大喜びしてくださった、ここで生きていいのだなと心底嬉しかった。この子は亀有に根を下ろすために神様から遣わされたのだろう、穏やかな表情を見ていると頭を下げたくなる思いです。こんな人間のところに来て頂きありがとうございます、合掌
目の前の頭たち
気温が上がると気になること、衣替えはもちろんのこと季節用品の入れ替え、そして・・・伸びきった家族の髪の毛・・・、初夏を飛ばして猛暑のような日が続き教会長のえりあしはフサフサ、主人もクルッとクセが出る長さになっている、私もヘルメットを三つくらいかぶったようなもっさりさん。まずい、これでは6月1日の月例祭をとても迎えられない、午後のご祈念が終わりバーバー亀有を臨時開店する、カットするのは素人の私だ。
亀有教会に来て17年間家族の髪を切らせて頂く、ハサミでちょきちょき、いつも怪我をさせないか内心不安だが、今の所皆無事だ、神さまありがとう。美容院の信者さんからその昔一式お供えがあったそうで、道具は全部本格派、市販の電動バリカンも揃っていたがこれは私と相性が合わず結局ハサミでちょきちょき。教会長の襟足や耳のあたりもすっかり整い、主人は頭の形が良いので毛足は短く揃え、私はとにかく厚みを削ぎ落とす、肩の重みが取れるくらいスッキリした。
5月も残りわずか、今やるべきことを来月に持ち越さないよう「生活のなべてを信心と勤しみ」金光大神賛仰詞より、合掌。
金ちゃん近況報告
もう何年まえになるのか、主人の両親が住むマンションで毎年恒例の夏祭り、うちの子たちもお誘いを受けいそいそと出かけて行った。一泊させて頂き帰ってきた子供の手には・・・いかにも弱弱しい金魚が2匹、何日もつかなと内心思いつつガラスのボールに移し、可愛い姿を子どもらと眺め心も弾んだ、子供の大きさからして5、6年前だと思う。
そして今では台所のガス台の足元に生息している、漬物が入っていたプラスチックの容器が居住空間だ、ガラスのボールは狭くなった、というよりでかくなったのだ、金魚が。暖かくなり早朝から動き出す、最近はバシャバシャという音が聞こえ迫力がある、口を大きく開けご飯のおねだりをする、頭が水面から半分くらい出ている、金魚って・・・こんなに意思があるのか?毎日が新鮮に感じる。
金魚を大事そうに持ち帰った子供たちは今や目もくれず、たまに「でかい・・・」と呟きながらチラリと見るのみ。そう、でかくなったのだ「あなた達と同じように‼︎」心の中で私は呟く。
育て育て 金魚も子どもも わたくしも、合掌!

