豊かな人

ここのところ身体が本調子でない信者さん、一週間習い事やスポーツなどで楽しく忙しい日々を過ごして来られたが、身体のことも考えないとと先週お参りの際、今度健康診断に行ってきますとお届けされていた。
1週間後の今日お参りされ、少し肺がボヤッとしているけど血液検査は一切問題なかったと、神様に早々とお礼に見えられた。念のため大きな病院で検査することになったようだが、予約を入れてと言われた日付が大好きな舞台のチケットが取れなかった日で「本当に神様は先のことを見抜いてチケットを外して下さったのですね」と、しみじみと呟かれた。そこには心配や不安など一切ない、清々しい御礼一色だけがあった。特に皆と信心共励を賑やかにするタイプではないが、滋味あふれる神恩感謝の生活を着実に積み重ねている人です。
金光教の教えは人それぞれの色や味わいを鮮やかに浮き彫りにしてくれる、そのための磨く稽古の後押しが広前の役割、かなぁ。今日も畏れいる1日に合掌!

信心は地道に

今年は立教160年さらに合楽教会初代親先生25年の式年祭ということで、亀有教会では月例祭が土日に重なった場合、信者さんに感話をして頂く取り組みを始めた。今まで3名が御用に立たれ中でも40歳の方のお話は、家の信心の履歴から自身のつまびらかなことに至るまで、神様のお働きが微に入り細に入り起こっていることが手に取るようなお話で、皆感銘を受けた。
私はといえば亀有教会でお話をしたことはない、ともかく内容のない人間、それは私であり私に連なるいわゆる土壌が肥えていないからだ。教会である以上お参りされた方にはまずおかげを頂いてほしい、なのにおかげを頂いてない人間が表に立つべきではない、という初心貫徹で今日に至る。しかしそう言いながら台所付近で信者さんと1番話すのは自分で、これは地べたの赤裸々な話なのでまあいいかなぁと思いつつも、勉強させて頂くのはむしろこちらの方で信者さんには感謝するばかりだ。
次は誰が感話発表に立たれるだろう、下っ端の氏子は楽しみである。

好きなもの

「中学生に読んでほしい30冊」というある出版社のパンフレットが学校で配られたようで食卓に置いてあり、パラパラと中を見ると最近の作家さんの本もあれば、昔からの馴染み深いものもあり嬉しくなった。「蜘蛛の糸 杜子春」「あしながおじさん」また、金光教に縁の深い小川洋子さんの作品などがある、やっぱり本は魅力的だ。
合楽教会での修行生時代、自分なりに神さまに近づくため、好きなものをお供えすることに取り組んだ、中でも読み物を2年ほど断ったことは本当に貴重なことだった。合楽の出版物以外のものは読まない、簡単そうだが教会ご家族の方には朝刊があり、また先生方にお供えになる文芸春秋やphp関係の本がある、誘惑は波のように絶え間なくしんどかったが、その分初代や親先生のご理解を浴びるように頂いた。あの頃の聴教が今の自分の根幹にかかわっている。
良い本との出会いは一生の財産、良き師匠との出会いは運命改善の始まり!

霊神名簿

去年からお広前に式年を迎える霊神様一覧を印刷して貼り出している、合楽教会の真似をして始めてみたのだが、だんだん毎日の確認が普通になっている。今は足が遠のいた信者さんの縁ある御霊様も、亀有にお届けがあった方は霊神簿から外すことはない。
ここ数日も式年の御霊様があり、親族はここへ参らぬとも御霊を通じて御神縁は繋がっている思いがしている。神さまのおかげを頂かれていますように、それぞれの生きる場で合楽理念を行じてくだされば、それでいい。
祈り思い続けること、助かり難い御霊様でも十年二十年さらにもっと時間はかかっても、こちらがお育ていただけば必ず合楽世界に入って頂ける、今月は御霊月ではないがそんなことをしきりに感じる日々を頂いている、そのことに御礼申し上げます。合掌

今日の教会

教内のある出版物の編集部から、教会長に原稿依頼が舞い込んだ。教会として光栄なことだが、過去の経験上、教会長の語る言葉をまとめるのは主人と私で、出来たものを読むたびに何か違和感を感じることが多く、悩んでいた。

それもあって今回、時代に乗った原稿執筆に挑戦、パソコンの前で話しそれが文字に編集されるというものだ、タブレットの機能でも試したが、パソコンの方が音声識別が上手だった。準備が整い昨日からパソコンの前で、教会長は一所懸命お話をしている、どんな風に入力されているのか楽しみだ!

そういえば昨今電車に乗ると、周りは皆スマートフォンを片手にしている、ちなみにいわゆるスマホの形が「2001年宇宙の旅」の:モノリス:に似ていると思うのは私だけではないだろう、確かに21世紀にモノリスは舞い降りたと心の中で呟く。今こそ進化。