生活すべてが信心

朝から天気予報士が「午前中からにわか雨に注意しましょう」と数回言うので、晴れ間がある間にと思い朝1番でお洗濯をベランダに干した。風もありいい季節だなぁと思っていたら主人が「カーペットを片付ける!」と、取り掛かり出した。にわか雨に注意らしいよというと、ネットのお天気予報では問題ないようだと活き活きした様子で掃除機を念入りにかけたていた。そして昨今の気象の特徴、激しい天気の移り変わりがあっという間にやってきた、大粒の雨が四方八方から降ってくる、洗濯物は乾いた、セーフ!。カーペットも問題はなさそうだが、数時間部屋に広げた後新聞紙で包んで倉庫へしばしの別れ。子供たちが学校から帰り「カーペットなくなってる」と二人ともすぐに気がついた、バタバタしたものの主人は嬉しそう。
毎日教会長が御結界を守り続けてくださる、私たちは御礼と喜びを持って教会内外の御用に当たらせて頂き、和賀心作りの稽古をする。日々繰り返し、これもまた広前の栄養になり、力あるお働きが氏子の上に展開されるのだ。と、信じている、合掌。

旬を味わう

今年は筍が不作のようで目にすることがない中、五月も中盤を過ぎた頃忘れかけた筍と蕗がお供えになった。日を開けずして今度はご近所さんから、ハチクの筍をおすそ分け頂いた。日本には季節を感じる食べものがあり、それらは昔からの知恵とともに今に受け継がれている。手間ひまはかかるがこれも恒例行事、蕗の皮をむく時の厳かな気持ち、私だけか?
教会という場には信者さんの真心を添えたあらゆるものが供えられる、お届けもお供えのように思う、広前の肥やしになり土壌が豊かになる。とにもかくにも教会を預かるものは、供えられる一切に手抜きは禁物だと筍ご飯を噛みしめ味わいました、
広前では実験を重ね実践し、実証を上げていく、教会は神様の料理教室のようだと、合掌。

未完成のまま永遠に

今日は朝から月例祭準備に取り掛かり、なだれ込むように午後一時からの祭典、そして今年の取り組み、土曜日曜 月例祭感話発表者のお話しを頂く。感話後お参りされた方々の熱気が溢れ、小さな広前のここそこで共励が繰り広げられていた。
金光教とのご縁とご両親の信心の遍歴、そして子供の頃から今に至るまでのご自身の歩みを、見事にまとめたお話で、身代と人間と達者が三代続いて初めて神様の威徳の現れと申しますが、今日の発表者はまさにその御教えを体現されていた。もちろん身代=金銭のご苦労を一家で通られ、達者=病気にかからないということではなく実際様々に試されました、しかしその事柄を神様の働きとうける土壌がまさに見事に蓄えられ、人間=子孫繁盛へ結ばれていく、その片鱗を味わうことができました。
私は信心の初代のようなものなので(家に金光教が来て7年後に合楽教会のお嬢様方と出会い傾倒しました)、まだ筋金が入っていないと実感します。特に代々信心の家系の方々にまみえると、心の貧しさがくっきりと浮かび上がり道はまだまだ続くことに多少呆然とします。「未完成のまま永遠に」自分は一生道半ばでしょう、そういうサンプルも必要かもしれません。

晴れ渡る青空の下、お洗濯をベランダいっぱいに干せる喜び!お日さまありがとう。ここ2、3日頭痛と寒気と首の付け根がやたらと痛み、ボーッとしたまま日常のことを務めていたが、今朝からだいぶ元に戻り、空の青さと桜の青葉が鮮烈な美しさで目に飛び込む。普通になっただけなのに・・・、普通とはなんてもったいない状態なのだろう。
金光教の教祖さまの教えに「痛いのが治ったからありがたいのではない、いつもまめながありがたいのぞ」とある、「いつもまめ」常日頃生活に支障なく過ごせるということ、それを「ありがたい」と価値を感じれるか、人間どうしても当たり前に我が物顔で日々過ごす、自分も然り。このところのちょっとした病体験で、しみじみ日頃の感謝を思う、神様毎日ありがとうございます・・・。そのお礼ひとつを見失い易い生き物なんだよなぁとも自覚しつつ・・・。
今夜はお月さまも特に美しいです、合掌。

隠し味

今日はひょんなことから家内の夕食づくりの手伝いをした。・・・と言っても人参を3本ほど擦るのを手伝っただけだが・・・。実際にやってみると結構、力がいって一筋縄ではいかない。人参本体が残りわずかになってくると、力任せというわけにもいかなくなるし・・・。めんどくさがりの自分はこの作業だけでも「結構大変だなあ」と思ってしまう。正味、10分足らずだっただろうか、一応一通りすり下ろすことができた。あとはまた家内にお任せ・・・。

そして夕食・・・、その時はもう今日お手伝いをしたことはすっかり忘れていた。心なしかいつもより一味おいしく感じる。「なんか今日は一段とおいしいね」という言葉を連発。そして、食事後にも改めて「今日のカレーは、なんかおいしかったね」とまたひと言。そしたら家内がポツリと「お手伝いをしてくれたからだよ」と言った。そこでハッ!と思い出したような次第・・・。何だかすごく腑に落ちた。

もちろん食事はいつも美味しく感じているが(嘘ではありません!)、そこに自らの一手間と心遣いが加わわると、また美味しさもひとしおになることを痛感。とはいえ今度、またお手伝いをするのはいつになるかはわかならいが・・・。とにかく、いつも手間暇かけて、美味しい食事を作って下さる方(つまり家内ですが)に心から感謝です。