月末御礼

4月も終わり、きっと皆さま同じ気持ちでしょう「早かった〜‼︎」、今年に入りひと月ひと月の密度が濃く1月なんて遠い昔に感じるほどです。和賀心のタネが育っているかは…!それでもこの国難を教会家族と信者さんが、共に真剣味を持っていただいていることはなによりも有難いことと実感します。
今月もひと月ありがとうございました、まだまだ月日はかかりそうですが信行のチャンスとして、人が変わるほどの期間になればと奮闘中です、来月もよろしくお願いします。
 

明日のお風呂に向けて、今日は散髪をしました。
【散髪前】


【散髪後】

地味は滋味

素直に受けて行じればいいのになあ、そう感じることがしばしばあります。「これが本当 あれは間違い」だいたい争いはそのあたりから始まります。教祖さまは一切を「承知いたしました」の姿勢で受けていかれ、合楽教会の初代教会長は泣きの涙にくれるような事柄も、結果としては100%受け入れて、真っ直ぐに教祖さまの背中を追いかけられました。
浅い 軽薄 徳切れ 自分はそんな人間です。そんな自分を救い助けたのは紛れもなく親さまです、ある一部の人間だけではなく、私のような部外者にもわかるように教えを噛み砕いて。親さまが大切にされたことを実践する日々、特別なことなんてない。多くの国民がこの国難を粛々と受けています、子供たちは学校にも行けずに頑張って。かき混ぜ過ぎて本質が見えなくなりませんように。
ちょっと気にかかることが澱のようになり、スミマセン、ポロリと出しました。今日も亀有教会は平常信行です、いつでも電話 LINE メールでのお届け受け付けます。昭和の日ありがとうございました、合掌!

丸つけ

長い休校が続きます、下の子は学校からの課題に加えて、自主的に文科省ホームページに開設された「子供の学び応援サイト」から、出版社や教育機関が提供してくださったものをつぶさに目を通して性格に合いそうなテキストを選び印刷して毎日数枚ずつ取り組んでいます。本来なら書店の問題集コーナーに並んでいるもので、子供も解いていく楽しさがあるようで3月初旬から続けています。
学校の課題は自己管理していますので口出し無用ですが、印刷したものの答え合わせは私がタブレットで解答を見ながら○✖️と、ヒントやうっかりミスだよとひと言書きます。始めは子供よりも私がつまずきっぱなしでした、まず数学のマイナスやイコールの見分けがつかない、二乗と他の記号が解らない、英語はスペルが見定まらない…あれれ…老眼が進んでいる〜‼︎、ということに気がつき、老眼鏡をかけて続けております。1ヶ月過ぎると数式や英文も見やすくなりました、こんなにいろんなテキストをやる機会を得られたのはこの状況下だからこそ、活かしていかねばとそばにいる大人の取り組みです。皆さま今日も一日心を磨く信心生活ありがとうございました、どうぞ明日もお元気で!合掌。
 
*しげるさま
純子先生の御帰幽月を教えてくださいますか、毎日お願いさせていただいています。
 
 

お餅切り

大祭翌日はやはり片付け 片付け、大祭のみ使用するものを洗い乾かししまいます、またそして鏡餅を切り刻む…ではなく食べやすい大きさに切り分けラップに包んで冷凍、神さま御霊さまとふた重ねなので結構な量です、お祭りならではのお下がりは心も浮き立ちます、下の子はお餅が大好物なので昼食は早速 餅です。
今回は直会がない分、手間はかかってないはずですが、昨日はその分いろんな電話お届けがあり教会長が疲れているので、そちらの方に気をつけて1日を過ごしました、気温も低くこういう日は要注意ですね。呼吸や咳の具合に耳を傾けて乱れはないかと集中します、夜まで普通にお食事も召し上がり無事一日を終えて休んで頂きました、ホッとしますね。信者さんが大手を振ってお参りできるようになった時、教会長が変わらぬ御結界奉仕を勤めていることが願いです、油断せずに日々取り組ませていただきます。
今日も一日ありがとうございました、ゴールデンウィークこそ金光教の信心辛抱し時です、よろしくお願いします、合掌!。

天地金乃神大祭

金ちゃんの夫です。今日は金ちゃんが一人暮らしの娘さんとのLINE電話にお付き合いして投稿ができずにおりますので、本日の天地金乃神大祭のご報告を兼ねて私が投稿させていただきます。私の性格で長文になってしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

【天地金乃神大祭】

本日、髙松順子教会長祭主のもと天地金乃神大祭が仕えられました。緊急事態宣言、そして東京都では昨日より「ステイホーム週間」が呼びかけられる中、このたびのご大祭は教会史上、初めて御信徒の参拝者が無しという中で執り行われました。
思えば昨年の春のご大祭は布教25年の記念祭と併せて、約70名の参拝者が集まって盛大に執り行われました。しかし会場の関係で拝詞(御祈念)、八足・三宝(お供え物)、典楽演奏は一切無しでのご大祭でした。
一方、今年は昨年はできなかった拝詞、八足・三宝、典楽(音響機器での演奏)は、いずれも許されたけれども反対に参拝者が無しという、前代未聞のご大祭となりました。
それでは去年も今年もあるものは何かというと・・・、それは祭詞奏上と玉串奉奠、そして天地書附ということになります。二年連続で異例な形での春のご大祭となりましたが、いよいよこのことを通して、一口にご大祭と言っても何が本当に大切なのかが浮き彫りになってきたように思います。祭詞奏上(御礼・お詫び・お願いを神様に申し上げていくこと)、玉串奉奠(どこまでも神様を神様と用い、立て抜いていくこと)、そして天地書附に極まってきたということです。
先行きが全く見通せない今の情勢の中にあって、「天地書附」であり「おかげは和賀心にあり」を本気で求め、現していこうとする意志が、混迷の時代を照らしていく確かな一灯となることを確信させられるご大祭となりました。

以下に祭典後の祭主挨拶と写真を掲載いたします。

https://youtu.be/GAC5EYq8zn8