がめ煮は難しい

明日は午後1時から「新春 亀有の宴」です、み教え福引きを引いて1年の指針をそれぞれ頂きます、今日はそのためのお料理や備品を準備しました、胃薬もいるかな。
行事の準備をしていると修行生の頃を思い出します、親さま弟子として誇りに満ちて、いつも教会を駆け巡りました、そして亀有では親さまに安心して頂ける教会になりたいと突き進んで来ました、今思うことはきっとこれからも安心は無理かなぁと、でもいい意味で目が離せない教会でありたいと願います、親さまをこれからも追いかけてまいります。
明日はどんな神働き現れるのかゾクゾクします、今日も一日ありがとうございました。

年始めの月例祭

本日10日は生神金光大神祭日の月例祭です、日曜日に恒例の新年会「亀有の宴」を控えつつもお参りがあり、和気あいあいと近況を聞かせて頂きました。亀有で御用を頂き18年が経ちますが、信者さんは親戚よりも近い存在になりました、馴れ合いにならないよう緊張感は必要ですが、祈り合い拝み合う関係が紡がれている実感があります、もっと成長しなければならない自分の姿も見えてきますので、かけがえのない出会いです。
宴の準備も着々と進んでいます、今日は景品の袋詰めに取り掛かりましたが年々集まる物が多種多様で、まるでパズルのピースをはめていく感覚でした、皆さんにぴったりの御教えと景品が行き渡るりますようにと願いつつの作業です。毎日本当にいろんなことがあります、小さなお広前ですが、神さまのお働きは無限だなぁと感じる日々、今日も一日ありがとうございました。

単調な毎日

昨日から葛飾区の公立の学校は3学期が始まりました、スクールゾーンの立て看板 通称「ウマ」を登校時間に出すのも始まりです。休み明けはウマを片付けに行くと(確実に遅刻のじかんです)登校している低学年の子供達が必ずいます、今日も1年生が通学帽もかぶらないまま眠そーに歩いていました、道路を渡るまで見送り心の中でガンバレと応援します、一週間経つとリズムがとれてくるかな、年末年始は時間の流れが格段に違っていたと自分も子供の頃感じていたことを思い出します。
教会は明日の月例祭準備です、ちょうど遠方からお茶の葉が届き、明日神さまへの捧げものになります、このタイミングに畏れ入りました。特に大きな動きはないにしても電話のお届けは毎日かかり、お参りも大勢ではなくとも毎日あり、教会は変わることのないリズムで息づいている場所だと居ながらに神さまを感じます。特になんの役にも立てていない自分ですが、教会長を支えることで広前の御用になっているのかなと思いますので、日々調子を崩すことのないよう心造りであります!。今日も一日ありがとうございました。

ついつい

先月完成したお琴カバー製作中、久し振りにミシン登場、大いに役立ち助かった、その調子の良いうちに余った布でもう一つ作りたい物が、それはお琴の「立奏台」カバー。お供えになって以降、紙袋に入れ保管したまま気にもしていなかったのに、急に気になりだし取り掛かってしまった〜(バカ)。で、出来ました、あっさり。細かいところは目をつぶって頂くとして、お琴カバーとお揃いでなんだか嬉しい、布は一切端切れも出ずすごいなぁと改めて感じた、神さまの事柄はこのように整う、ミシンは最後まで快調でした。
こんな工作系のことはついつい夢中になります、用心用心です。今日も一日ありがとうございました。

新年の宴

毎年年始の第2日曜日に祭典ではなく新年会が開かれます、親教会の合楽教会では1月8日に「合楽の宴」と称して軽くお神酒とお料理を準備し、ご理解福引を頂き、合わせて頂く景品からも神さまから一年の指針を示して頂く内容となっており、それにあやかり「亀有の宴」として同じような会を開催しているのです。
年末には福引きに使うみ教えを成り行きの中にある程度目星をつけて、主人が具体的に候補を決めます、そして今日、教会長と主人と私で絞り込む作業にかかりました、初代親先生の残された教えの数々、わかりやすさや取り組む時に心に立てやすそうな教えがたくさんある中でも特にこれというものを選びました。景品は信者さんたちの思いの中で集まった品々で準備します、例年思い以上なことに畏れいるばかりで何か買い足すことも全くありません、小さな教会ですが、びっくり箱のように様々なものがお供えになっています。
次の日曜日にはどうぞ神さまが1人1人に必要な教えを下げられます、どうぞそのお手伝いができますように、そんな気持ちで御用に当たっています。今日も一日ありがとうございました。