大祭が来る!

4月も中旬となりました、桜はがくをほぼ落とし、すっかり葉の茂る並木道に変貌、この辺りに代々住む由緒のあるお宅(お屋敷)にはいずれも品のいい八重桜がありまして、ソメイヨシノが終わると うやうやしく花を開きます、例年ならばちょうど咲き始めのこの頃、今年は1週間前に満開を迎えていました、早かれ遅かれ美しい姿です。

25日にお迎えする亀有教会 天地金乃神大祭は、会場を街の中のホールに移して執り行います、今までも使用しましたが現在の課題にさし当り、設営のことなど主人と案を出し合いながら進めています、勝手知ったる場所ながら椅子の配置やご神前との間隔など、今まで考えもしないことを土曜日に下見をして確認することにします、どうぞ金光さまのご神勤の元に実意を尽くさせていただきますよう、よろしくお願いします。
今日も一日ありがとうございました、毎日祈り合いのご縁を頂きまして有り難く思っております。

お別れ

教会の数少ない植物に紫陽花があります、教会長のお父様 50年の式年祭に鉢植えをお供えして、その後敷地内に植え替え15年以上が経ちました、手入れが不得手な私ですが毎年花をつけています。今年もすでに花芽がついており、その根元へと今朝未明に旅立ちを迎えた金魚を埋葬しました、きっときれいな花が咲くことでしょう。亀有教会へやって来て7年目、もともと身体が変形していましたが相棒と仲良く過ごし、夜店の金魚にしては大きく育ちました、それでももう少し気をつけていれば、まだ生きたかもと悔いが湧き上がります。育てるということは小さな生き物とて情が通うもので、ここ数日末期の様相の中でも私の呼びかけには目を動かし身体を元に戻そうとします、賢い「魚」でした。

今年は大きな節目の年、教会の金魚もその中でのお国替えという節目の日、相棒はちと寂しそうです。今日も一日ありがとうございました、金魚が長らくお世話になりました、もう1匹をよろしくお願いします。

ご近所さん

毎朝7時から土日なく桜通りをお掃除している都営住宅の方、集合住宅のゴミ集積所は荒れやすい中、この方の棟はいつもきれい、この方が心がけておられるからです、亀有には都営の住宅が数多くありますが居住者により手入れが違います、棟の前の庭に季節ごとお花が咲き行き届いるのは珍しい、教会前の棟にマメな方がいて良かったなと四季折々に感じます。ただ今年の桜はその方のお掃除とは出会えていません、お庭の手入れや集積所のことはされているようです、思えば20年前にはもう退職後の風情でしたから、だいぶお年も召されているのでしょう、私などまだまだ頑張らないといけません。

三件先のいつもキレイな奥様としばらく合わず少し心配していましたが、夕方ご主人と一緒のところに遭遇「お久しぶり!なんだかね〜あちこち故障しちゃって」と、茶目っ気たっぷりのお言葉に安心しました、バス通りに構えていたお店にはこのご時世なのか閉店挨拶が貼り出されていました、いろいろ大変だったのでしょう、それでも笑顔で挨拶し合えることを有り難く思います、みんなそこで一所懸命生きている。
金光教の教会でたくさんの教えを柱に生きる私たち、甲斐ある運命を頂いたからには信者さんはもちろん近所の方々のことも祈らせて頂きます、出会えたことに感謝を込めて、今日も一日ありがとうございました。

お祝い申し上げます

4月12日、合楽教会二代親先生の奥様は元気に誕生日を迎えられました、東京は銀座のご出身で金光教とは縁がないお鮨屋育ち、九州は福岡から丁稚奉公に入った青年が金光教の信心を持ち、その縁を頼りに上京した高校生時代の二代親先生が奥様に一目惚れ、10年近く経ちご結婚なさいました。当時は東京から九州への新幹線もなくご両親は外国に嫁がせるような心境だったそうです、それでも挨拶にみえた初代親先生 大奥様の人となりに触れ、また奉公の青年の姿を見て九州への縁を許されたと聞きます、この青年が亀有教会の礎を築いた方で教会長の叔父さんです。教会長のお母様もご主人を亡くされたのち、こちらのお店にしばらく勤め、教会長も数年間こちらにお世話になり奥様と一緒に学校へも通い、まるで姉妹のような写真がたくさん残っています。

教会長からの電話に応える奥様のお声は60年以上続く縁の温かさでした、ご実家のお店も6代目へとつながり合楽教会も3代目に継承され、神さまにお礼の日々というご様子です、なによりお元気そうなお声にホッとしました。たくさんの縁が重なり合い今の亀有教会があります、その一つ一つを大切に教会の土台とし、心の糧ともさせて頂きます、今日も一日ありがとうございました。

今日はなんの日

毎月11日は午後2時46分、東日本大震災発生時間に追悼と復興願いのご祈念を奉仕しています、発生直後情報を得るためテレビをつけていましたが、初めて目の当たりにした津波の猛威、言葉を失い硬直したのは私を含め見た人皆と思います。教会建物は無事でしたが原発事故からのホットスポット問題は葛飾区もあり、高い数値があちこちで検出されたので、ガイガーカウンタを借り教会建物周辺の計測を念入りに行いました。反面福島で子育てをしながら頑張るママさんたちに、大変だろうな、自分は離れた場所でも子育てこんなに心配なのにと、安全圏に住んでいることを後ろめたく感じるような精神面で不安定な日々でした、弱い弱い。

この10年の間にあらゆる自然災害が頻発し、熊本の地震ではあの熊本城が崩れ地元の人たちの心中いかばかりかと悼む思いを馳せ、教祖さまの残された記述にもある川が、記述と同じように氾濫したことも驚愕しました。先を生きた人々は災害に見舞われても再び土地を耕し治水や補強を施し今日まで繋げている、誰もがそんなご先祖を頂いているのだと思います、11日はしっかり生きねばと帯を締め直す日です。
そして4月11日(旧暦3/15)は明治6年天地書附が定まったその日です!天地金乃神さまありがとうございます、大切にします、今日も一日ありがとうございました。