神様に近い人かも

(お詫び・その2)このブログは今年の3月10日のブログでしたが、掲載するのを忘れてしまっておりました。お詫び申し上げますと共に、遅まきながら本日掲載させて頂きます(年内に気づかて頂いてよかったです・・・)。

電車を2度乗り換え2時間以上かけてお参りになる信者さん、80を過ぎてからも月に一度は参拝、その全身から発せられる「ありがたい」雰囲気は神々しいほど、そして若々しい、そのもとは神様の思いを探し見つけ出す姿勢にあるようです、お子さんの交通事故やご親族の入院など様々な出来事があり、「御礼しかないですね」とその裏付けをきっちり押さえられている、「思わなければ」ではなく心底神様畏れ入りますと答えを導き出して行かれます、私なんぞまだまだ見習いだとつくづく思うひと時でした。

今日は月例祭に静岡から届いたみかんをお供えしました、無心に拭いてお盛り付けしていくと、箱に入った分がちょうどいいあんばいで全部お供えできました、真心とハイタッチした気がします、有り難いことです、明日もよろしくお願いします。

3月御礼

朝からとても温かく一日暖房器具いらずでした、午前午後御礼参拝の信者さんと記念祭までもうすぐですねと話しながら、互いに戦々恐々としたことです(焦)、一日一日させて頂くことを勤めるのみ、千里の道も一歩からを噛みしめた目まぐるしい3月でした。

有り難いのは何かに追われる忙しさでなく、生きる力、神様への真を静かに貯め続ける感触があることで、前を向いて明日を楽しみにできている、子供の頃から20代までいつも生きることが不安でした、金光教の信心は自分が変わります、今月もありがとうございました。

みっちり霊祭月

今日は午前中に信者さんご家族の式年祭をお仕えしました、事前にいつものお花屋さんで御霊様のイメージを伝えお花を作って頂くと、立派ーー!なユリが「これはプロポーズという品種なんですよ」と、まあ⁉︎と驚き帰って教会長に伝えると祭典後のお話で触れていました。お会いしたことはありませんがご家族の雰囲気から、とても魅力的なお方だったことが汲み取れます、縁を頂いて有り難いと思って頂けるお広前を目指したいです。

午後からはまるで夏日⁉︎の暑さの中、教会長と撤饌洒掃に励みおかげを頂きました、3月もあと1日、今月も成り行きに試され続けました(ヘトヘト)、御礼の月末になりますように、今日も一日ありがとうございました。

出会いと別れの季節

令和5年度の終わりと新しい年度の始まりが近づいています、二代教会長 髙松順子先生お国替えから2年経ち激変した生活内容も少しずつ新しい形が整い、生きることは終わりと始まりの繰り返しのようにも感じます、教会御用は変わらない生活の連続のようでそうではなく、日に日に新たな成り行きとの出会いがあります、このところ目まぐるしくて頭痛がするほど(笑)、神様の手の中でお使い頂く幸せを感じています。

午前中は猛烈な雨と風に見舞われ、午後からは何事もなかったように暖かくお日様が眩しい一日でした、ソメイヨシノが膨らみ久々に桜満開の入学式になりそうです、楽しみですね、今日も一日ありがとうございました。

神事が珍事になっても

昨日、信者さんが所有するマンションの新築落成奉告祭奉仕のため現地に出向しました。祭典の後半で四垂(よたれ)という幾重ものシデを括り付けた大榊を部屋の四隅で振る神事があるのですが、こともあろうか二箇所目の所で大榊を振った際、その四垂がスポーン!ととれてしまう神事ならぬ「珍事」を引き起こしてしまいました。一瞬「どうしようか!」とも思いましたが、すぐさま吹き飛ばしてしまった四垂を拾い、大榊に括り付け直して、その後も何事もなかったかのように神事を続行させて頂きました。

儀式や祭典ではいかなるトラブルや予期せぬことが起こったとしても、そのことにとらわれず淡々と対処し、流れや厳かさをとめないことが原則だからです。お互いの人生の上にも通ずることかもしれませんね。

今日は私エドが綴らせて頂きました。ありがとうございました。