日々ご祈念の時間が軸、そこから広前御用に励みます

今日はご神前の撤饌洒掃(お供え物を下げて神前霊前御神具を拭き浄める)日でした、教会長と2人黙々と無心にどんな御用も打ち込みが、やはり神前に直接関わることは緊張感がみなぎります、ひと時広前はご神具で雑然としますが、また改めて整えた頃信者さんのお参りがあり、おかげで差し支えないお繰り合わせを頂きました、神様の時間割にはいつもながら畏れ入ります、明日もその中で生かされますように、今日も一日ありがとうございました。

いつまでもいつまでも夫婦です

金光教のご縁で結ばれたご夫婦、この度ご主人がお国替えになり、たっての希望通り亀有教会で儀式を勤め、今月50日祭を教会広前で無事執り行ないました、今日改めて御礼参拝にみえた奥様に久しぶりでしたがゆっくりお話を聞きました、神様のお働きとお差し向けの中で歩んだ道のりを語られる表情は、瑞々しく可愛らしく感動にあふれ時を忘れるほど、こういう日は電話一本インターフォンひとつ鳴りません、神様御霊さま方も集い耳を傾けておられる静かで賑やかなひと時でした、信心の喜びや驚きに年齢は関係ないですね、人生の大先輩されど信心の友です、大切なご縁に感謝、今日も一日ありがとうございました。

寒くなるとついつい煮込み料理が続いてしまう

日暮れ時に空を見上げると結構な頻度で羽田渋滞、侵入禁止の空域が多いであろう中にジリジリとした順番待ちの飛行機たち、その光景はいかにも東京らしく管制官や操縦士はたいしたもんだなぁと思いを馳せ見飽きません(ヒマ人)、今日は北東の空に夕陽を浴びた人工衛星もくっきりと、これには年甲斐もなく喜んでしまう金ちゃんでした、亀有の紅葉も見頃です、今日も一日ありがとうございました。

信徒も教師も家族の一員ですから

亀有教会へご縁を頂かれ5年ほどの方、参拝当初はご家族に変化があると必死のお願いをされていました、これからはその事を信心の材料 修行にしましょうと先代のお導きがあり、代替わり後も「今は口出しも手出しも禁物ですよ」と続き、一所懸命に神様の手綱を握りしめ通られました、そして今年急転直下な展開、神様の脚本は想像を絶します、もともと素直で一心な上に事が起きても揺らぎ焦りがなくなったなぁと最近しみじみ感じます、亀有教会で学んだ「神信心には辛抱がいちばん大切」励ませて頂く喜びを共々に味わう日々です、今日も一日ありがとうございました。

初代教会長髙松和子先生と東京のご縁

髙松先生は福岡の士族の家柄でした、戦後家運が傾き、進学の道を閉ざされた弟さんが親戚一同の猛反発を振り切り銀座の鮨屋へ奉公に上がります、両親は留める力もなく1人運命を切り拓かれ、髙松先生はご主人他界後、自らも東京へ働きに出、合楽教会へ修行に入ると髙松親子は東京布教と恩師の言葉がさがります。思えばその鮨屋とのご縁がこのお広前につながるわけで、今日その子孫の信者さんと改めて「あの没落と発心がなければ私たち1人もここにいませんね」としみじみ話したことでした。「難はみかげ」遠大な神様なご計画はその時はわかりませんけど、今を懸命に生きる姿勢にその道が拓かれると思います、毎日開拓者でありたい、今日も一日ありがとうございました。