使われている喜び

今年はおせちを囲みながら福引きを頂き 抱負を発表する「亀有の宴」を開催できず、お参りされた時に引いて頂くか 希望により郵送することになり、先日からすでに数名の信者さんがみ教えを引き一年の指針を立てられました。そして私は気がついた、景品にと数名の方から昨年お供えがあったことを…朝のご祈念の後 台所のテーブルにそれらを集めると、例年ほど数はないもの取り合わせがいい感じ、こういう作業は楽しいものです。

早速午前中にお参りがありました、2時間はみっちりかかる道のりを感じさせない さわやかな笑顔での参拝、真剣にお取次を頂かれ 福引きのみ教えを頂き 景品は靴下でした。万全の対策を怠らず一心になされた参拝、足を向けることで神さまの目に留まりやすい時節かもしれません、これからどう生きていくか信仰をどう貫くか、試行錯誤しながら神さまの喜ばれる答えを、共々に喜びの中で見つけたいです。
教会長は元気に御用勤めておられます、体調面は本当に良く夜横になられるとホッとしますね、お祈り添えをありがとうございます。今日も1日ありがとうございました、明日もよろしくお願いします。

“使われている喜び” への1件の返信

  1. 私達ひとりひとりが、その生き方を試されている。そんな感じがします。手元足下を見直す時間を頂いているのだと思います😃今年は始まったばかりです。今のこの時期、どうしてと言いたくなることばかりですが、それを、どうしてではなく、こうしてと頂いて見る👀その思い方を日々の生活の中で実践し、手応えを感じる稽古が今年の寒信行なのかなと思います😃今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。

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