あたりまえの価値

昨日予告なしで帰宅した上の子、なにやら公的な書類を主人に送る手間が面倒くさかったそうで…、直接持ってきたわ〜バイトもちょうど休み取れたし〜と、自宅を満喫しております、ご飯を作る  片付け 洗濯をためると痛い目を見るなど、1人暮らしの大変さからか「ありがとう」がよく出ます。今まで特に家事を手伝わせる気もなく「いつかやらなくちゃいけなくなるから」とゆるく構えていました、こんなに早く1人暮らしになるとは昨年の今の時期には考えもしませんでしたので。特にごちそうを用意することもなく、いつもと変わらない教会の日常の中、子供2人で何か歌いながらゲームをしています、それだけで価値のある時間に思える日々です。

今日も一日ありがとうございました、おかげの中にあることを実感するばかりです。

“あたりまえの価値” への1件の返信

  1. いつもと変わらない日常が、どれだけ有難いことなのか、特別なことではなく何気ない日常が本当にありがたいなぁ😃と思います。佳恵がポツリと言った一言、晃子はいつも寝た状態で寝返りも出来ない、何も言わないけれど、キツイだろうなぁと。時には、叫びたいだろうなぁと。同時に教会長のことを思いました。そしてそれを支えているお二人のことを思いました。どれだけおかげを頂いているかと。今までの貴重な沢山の体験を通して今があるのだと。その大切な積み重ねで今があるのですね😃今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。

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