亀有教会初代教会長髙松和子先生は結婚し2人の女児を授かるも上 の子は3歳で夭折、更に3年後にご主人も急逝、 婚家の事情から実家に戻りその無情の風に立ち向かうがごとく、娘(二代亀有教会長)を両親に預け弟の奉公先へ、 店のご家族やたくさんの丁稚さんと忙しい日々、 そのうち娘も呼び寄せ親子水入らずの時間を持てました。 そこは銀座の鮨屋、 オヤジさんおかみさんは表裏ない江戸っ子夫婦、 自分の子も奉公人の子も出来る手伝いをさせ、 共にする食卓はメニューも同じ、 今日はそんなオヤジさん30年の帰幽日、 合楽教会現大奥様のお父様です。
髙松母娘の銀座時代の屈託ない笑顔に胸が締め付けられます、 神様どうして次々に難問ばかり与えられたのですかと聞きたい、 いつ答えが出せるか分かりませんが自分は髙松母娘やオヤジさんか ら続く縁で助けて頂いた、これは事実なのですよね、 今日も一日ありがとうございました、 皆さまとのご縁も実りありますように。

私達家族も東京での12年間の生活の中で東京支部共励会を通して皆さんとの交流をさせて頂きました。本当に縁とは不思議ですね😃そこから亀有との縁が今でも続いていることが有難いなぁと思います。大切なのは思いを続けることかと。そして自分にできる一歩を踏み出すことだと思います。私の両親も少しだけ東京の皆さんと縁が有りました。今日はそんな両親の月命日、合楽で玉串をお供えさせて頂きます。今日も1日宜しくお願いします🙇♂️⤵️合掌。