お鮨屋さんを営まれている信者さん、他界されたご両親が東京の真ん中に店を構えたのが50年と少し前、両親を支え店を繁盛させ今ではそのお子さんが片腕としておかげを頂かれています。お父様と毎週日曜日の朝、教会参拝されその折には必ず、握り鮨を神様御霊さまへお供えに持ってみえました。今も日曜朝の参拝を続けられ時折、お鮨や玉子焼きを持って見えます、ネタに施す技は同じですが、この握り鮨の違いに驚きます。先代は骨太な握り、高度成長期を乗り越えたいぶし銀の一品、息子さんは非常に繊細な食感と優しいシャリの味、閉塞感のある今に求められる一品(だと勝手に思う)。
その昔屋台の鮨は手早く腹を満たすためのもの、時代に合わせ進化し今も止まっていない。合楽教会二代教会長が度々口にしていたことに「昔のおかげ話を今も繰り返し道を狭くしている、金光教は生き生きとした神様の働きを日々頂き続ける信心だからね」と。現代に沿う信仰をどうでも求め続けていきたい、お鮨を通しムチ打たれたようなことでした。
祥月命日を迎えた主人の祖母へささやかに卵焼きと梨をむいてお供えすると、梨は大好物だったことを覚えていると主人が言いました、こういう時本当にありがたいです。明日は十五夜、秋もたけなわの空気を感じます、今日も一日ありがとうございました。
東京に転勤して最初にお世話になったのが、その方の自宅であっていた共励会でした。心の広い全てを包み込んでくれるような感じの方でした。本当に、素敵な方でした。特に印象に残っているのが、時折頂いた、ちらし寿司です。あれはとても美味しかった記憶が有ります。息子さんとは、あまり話す機会も、有りませんでしたが、見事に後を継いでおられるようですね。亀有での縁というのは今でも、しっかり心に残っています。晃子も連れて行った記憶が有ります。すっかり秋らしくなりましたね😃今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。