布教30年記念祭をはじめ大きな節目となった今年の上半期も大詰めを迎え、明後日からは下半期の幕開けと共に夏期信行期間が始まります。今年も午後1時から勢御祈念(もしくは月例祭)を行い、引き続き『和賀心教典』の拝読とミニ御理解を頂きます。
『和賀心教典』は毎日一節ずつ拝読していきます。今年は156頁、御神訓「人の身が大事か、わが身が大事か。人もわが身もみな人。」(ミニ御理解は昭和55年)からとなります。『和賀心教典』をお持ちでない方は1冊1,300円で販売いたします。
なお夏期信行期間中は月例祭や御祈念後の先生方による教話はミニ御理解に代えさせて頂きますので、ご了承ください。ミニ御理解はこちらからどうぞ → ミニ御理解
『勢御祈念次第』
【ご神前】
一、神前拝詞
一、取次唱詞
一、五願五行奉体
(心中祈念)
一、天地書附奉体
一、神徳賛詞
【ご霊前】
一、霊前拝詞
信心全般に言えることですが、冬の寒信行共々、特に信行期間は「どうでも取り組ませてください」という姿勢が必須条件だと思います。その気もないのに仕方なくするのはしんどいことです。その気がない方は無理する必要はありませんし、そうとしてバチを与えるような神様でもありませんので安心してください。
それでも取り組まずにはおられませんという方にはエールを送ります。共々に信心の性根を磨きあい、高め合っていきましょう!

早いもので明日から7月夏期信行ですね。しょうことなしに取り組むのはやめた方がいいと思います。私もあるきっかけで始めたのが3年前です。今一番大切なのは、と考えたときに、やはり家庭の円満とは、でした。マンネリを心配しましたが、どう考えても、これを極めないとと思いました。まだまだ足りないづくしですが、今年も思いを込めてこれに取り組んで見たいと思います。日々稽古です。宜しくお願いします🙇♂️⤵️合掌。
夏期信行二日目。ミニご理解
家庭の円満とは、若い時は一人が自由で良かった。ところが年を重ねていくと段々と一人の寂しさが増してくる。たわいもない話し相手が欲しくなる。そんな思いを持った人が増えている現実がある。そんな相談相手になれる環境を頂いている家庭があることがありがたい。
日々稽古です。
ミニご理解。家庭の円満とは、支えられているものがある。一人ではない。目に見えない、形もないものに支えられている。目に見えて形の有るものにも支えられている。素直に受け入れる。そんな生き方をさせて頂く先にあるものかと思う。
ミニご理解。家庭の円満とは、昨日勝子母がデイサービスで誕生日のお祝いをしてもらったとのこと。おめでとう、といわれありがとう、と返したとのこと。とても嬉しかったと佳恵に電話がありました。素直に喜び合う円満な形だと。
ちなみに勝子母の誕生日は今日7月5日。大谷翔平と同じ誕生日です。余談ですが。
家庭の円満とは、神様の働きの中で公的支援がある。主治医の先生の訪問診療、看護師さんのサポート、晃子の好きな訪問入浴、訪問リハビリ、ヘルパーさんのサポート、デイサービス、ショートステイなど。素直に受け入れることで有難い今がある。その支えがあって円満な家庭がある。
家庭の円満とは、様々な形での親孝行がある。私の場合実家の熊本まで月一回通い一泊して両親とたわいもない話をすることだった。佳恵の場合今それに直面している。母の好きな料理を作って持っていったり、病院への通院送迎、髪のカットに連れていき、途中いつもの場所で母と弁当を食べる。今自分に出来ることをさせて頂くことかと。何気ない日常、有難い日々がある。
家庭の円満とは、現役の会社生活の中で、出世をとるか家庭をとるかの選択を迫られたことがあった。私は家庭を選択した。人それぞれにその選択を求められることがあると思う。人より一年遅れて、、、という選択が私の中では大切だった。
ミニご理解。家庭の円満とは、相手のことを信じること、相手のことを尊重すること。神様のことを信じること、任せる覚悟を持つこと。そこで初めて働きというものが起きてくる。これが働きだと確信を持つこと。そういう心になること。
ミニご理解。家庭の円満とは、何気ない日常の中で、不安や心配になることがある。そんな時は何かを頼りにする。何かに助けを求める。一時的に解消する。そんなことの繰り返しがある。そこで神様にお願いする。しかし任せきれない自分がいる。小さな覚悟が必要、全てを任せる稽古。繰返し一つでもトライしてみる価値はある。円満になる早道かと。
ミニご理解。家庭の円満とは、今ある生活は当たり前ではない。佳恵のおかげで、晃子のおかげで、そしてそして神様の働きという様々な支えのおかげでこの生活が出来る今がある。多くの支えに感謝を忘れずに日々を過ごすことかと。
ミニご理解。家庭の円満とは、心を心と用いること。それは相手のことを思いやること。自分が自分がではなく改まる稽古。心を見つめ直す稽古が大切なのだと思う。それが出来ないと円満な生活を営むことは出来ない。心の稽古に終わりはない。豊かな心になることを目指して生活していくことかと。
ミニご理解。家庭の円満とは、恵まれている家庭環境がある。しかしながら心が助かっていない。何故だろうか、どうしてだろうか、教えの鏡に照らして見ると少しずつわかってくる。どこに問題があるかということが、それでもそこを素直に認めて取り組まないと、円満な家庭は訪れない。一歩踏み込んで見るという心になることかと。
ミニご理解。家庭の円満とは、心ひとつで全てを創る。心一つで全てを壊す。どちらになるか紙一重だと思います。稽古をしていると任せるということにぶつかります。人間はなかなか任せることが出来ない。出来るものと出来ないものが出てくる。我情我欲があるから。それでも稽古をしていけば、コントロールすることは出来るようになる。一歩前に進んでみると違う世界が見えてきます。不思議です。
ミニご理解。家庭の円満とは、ひとつ上の段階に進むには辛抱が必要な時が必ずある。どんな辛抱をするかによってその後の生き方が変わってくる。我力辛抱か、先を信じて任せる辛抱か、働きの中で考えて見ると、その答えがわかります。信じる一歩任せる一歩、少しずつ少しずつ。
ミニご理解。家庭の円満とは、素直に信じて素直に行ずるというが素直とはどういう事か、素直の中身が大切だと思います。誰かに頼る。誰かに相談する。時として任せる心になることが大切なことかと。自分には出来ないこともあります。少し視点を変えての稽古が必要かと。
ミニご理解。家庭の円満とは、朝を生命としてと言われる。朝の大切さ、すがすがしさ、昼の忙しさ、夜の有り難さを。1日の始まりを大切にすること。私なりに朝の頂きかたを変えることによって、生活のリズムが動き出すようになりました。そのことで周りとの関係もスムーズになり元気な心で取り組むことが出来るようになりました。円満への一歩かと。
ミニご理解。家庭の円満とは、不安や心配で心が虚しく淋しくなんとも言えない暗い感じになることがある。そんな時は晃子を見るようにしている。晃子の今を思い心をそこに寄せてみる。自分では何も出来ない晃子がいる。恵まれている自分に気づく。さぁここからという思いになる。元気を頂ける環境がある。サポートすることで円満な今がある。
ミニご理解。家庭の円満とは、本音で語り合える仲になることかと。自分の思いを押し殺して我慢しての生活。言いたくても言えないし言わない間柄。それが長く続くと諦めの境地になる。我慢と辛抱は違います。何故そうなるのか理由は様々。自分中心の考えだから。この道の教えを頂くと改まると言うことを学びます。円満になりたいですね。
ミニご理解。家庭の円満とは、普通の生活がしたいだけという。普通の生活とはどういう生活だろうか。何の問題もなく家族が元気で日々を過ごせること。そう願うということは今の状態がそうなっていないと言うことか。普通の生活が出来ることが家庭の円満なのか、今一度考えて見たい。
ミニご理解。家庭の円満とは、実家の兄が旅行で不在になるため佳恵が勝子母をサポートするため実家に一泊する。何で私がと思うと腹が立つ。出来るときにする親孝行と思えば素直にサポートできる。後悔しないためにもさせて頂く心になることだと。親孝行は神様が喜ばれますから。
ミニご理解。家庭の円満とは、私が会社を退職してから、晃子の隣に布団を並べて添い寝をしています。それまで佳恵がずっとそうしていました。バトンタッチです。晃子の体調を確認しながら、寝顔を見ながら、時々笑顔を見ながら、早10年になります。出来ることが有難い。今やっとそんな心境になっています。円満の一歩かと。
ミニご理解。家庭の円満とは、本音で話し合える仲になることだと思います。他人に対して相手への不満をぶつけること。こうしてほしいのだけど、こうあってほしいのだが、と不満をぶつける生き方、直接本人に対して言えない環境と言うのは残念な生き方だと思います。心を割って、素直になって話し合える環境作りが大切な生き方、円満になる一歩かと。
ミニご理解。家庭の円満とは、やはり時間がかかるような気がします。私達夫婦の場合でも30年かかりました。それでも働きを信じて稽古を続けていくことかと思います。やっと本音で話し合えるようになりました。晃子のおかげです。今を喜んで取り組むことだと思います。
ミニご理解。家庭の円満とは、神様へ子孫繁昌家繁昌の道を教えて下さいと手紙を出した。それには、体の丈夫と家庭の円満を願えと返事がありました。教祖もこの2つが大切だと。具体的には夜食をするな、願うからには決して人を責めるなと。心して日々稽古です。
ミニご理解。家庭の円満とは、心と体が元気でないといけません。困った時にお互いが支え合う関係でないといけません。私が体調不良になり、佳恵が直ぐにサポートしてくれました。私達夫婦には阿吽の呼吸があるようです。この道の教えがあり、それをお互いが理解して取り組むことで円満になります。
ミニご理解。家庭の円満とは、体の健康と心の健康が相まって初めて言えることだと思います。相手の事を思い、この道の教えを日々の稽古を通して学び続けることかと。そして日々の生活の中で間違いないかを実験し実証することだと。その先に見えてくるものだと思います。