縁は異なもの味なもの

疎遠でも気になるのは血縁ゆえか、3か月前、相方が救急搬送されたと縁者からの一報、十代の頃から関わり薄くも毎日のお願い筆頭に加わった、その後連絡は切れ切れで気をもむが、命がつながった経過は知らせてきた、神様に御礼申し上げる係を務めている。同じ頃からご近所さんの介護相談を受けることが増えた、具体的に手伝いながらより良いやり方を教えている、20年の髙松順子先生との関わりで、経験ある者しか思いつかない工夫を身につけていることが判明(笑)、血縁は祈りでご近所は手間暇で結ばれ、これも亀有教会の御ひれいだと感じている。

14日は順子先生月の帰幽日、お広前にお働きが満ちています、御霊様に祈られながら神様のお働きを現わせる教会でありたいです、今日も一日ありがとうございました。

“縁は異なもの味なもの” への1件の返信

  1. 20年の経験で、その関わりで体験したこと。血縁は祈りで、ご
    近所さんは手間暇で結ばれてと
    分かる気がします。私も晃子との関わりで体験したこと、この道の教えを実験実証したことで身に付けたものがあります。神様から今それを使わせて頂いている気がします。どちらも今自分にできることかと。今日晃子が学生時代にお世話になった先生方からリハビリ訓練をして頂きます。本当に有難いです。今日も1日宜しくお願いします🙇‍♂️⤵️合掌。

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