あの日はどこにいましたか

30年前の16日は合楽教会初代教会長大坪先生の50日祭でした、全国から参列にみえた中、和歌山のある教会の先生は17日未明に車で帰路に、そして早朝未曾有の震災発生を知り、あの道路を通行されたのか引き返されたか、電話をかけるも繋がない日々、ようやく「地震発生の数時間前に通過して無事でした」と連絡が取れた日には親先生の安堵が伝わりました、たくさんの方々が思いもかけないままに逝かれたあの日のこと、若さと自身の未熟さ故に知人や金光教のことのみ終始していた気がします、申し訳ない思いとこの先は忘れることなく歩んで行きますと全国の復興に願いを馳せ、祈念申し上げた一日でした、合掌。

“あの日はどこにいましたか” への1件の返信

  1. 震災と言うのは体験してみないとわからないことが沢山有ります。ひとりひとり事情は違います。被災の状況も違います。私にとって熊本地震は貴重な体験でした。地震発生の2日後に熊本に持っていく水を買うため久留米のスーパーやドラッグストアをあちこち探すも水の棚だけ空っぽです。ようやく探して持って行くも熊本市内に入る事が出来ませんでした。そこから一年間様々な対応におわれました。とても貴重な体験でした。日々稽古です。今日も1日宜しくお願いします🙇‍♂️⤵️合掌。

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