心配する心で・・・

今朝子供が起きてこない、見に行くと「ちょっと遅れて出る」と。朝はリズム良く家事にかかるが、いつも家を出る時間を過ぎてくると、何だか調子が出ない、もしや・・・?と不穏なことを考える自分が顔を出す。毎日学校の開門に合わせ登校する真面目な子、日頃は「そんなに早く行かなくてもいいじゃない」と言う私、にもかかわらず日常と違う流れに心がざわついている。

こういう時こそ日課にしている親教会の初代のお話を頂く。開口一番「心配する心で信心せよ」と教祖様の教えを拝読された。この時点で頭をコツンとされた感覚。内容は三男M三郎先生が頬の(肉腫成長中)大修行で「病院に行けば治してもらえる、それでホッとするだけではもったいないよね。だからといって私も親だからあの姿を見ると当然心配です・・・。心配の質を高めなければならない。神様に祈念の姿勢が・・・」というような話し。『心配の質が』と言われた時、頬を真横に引っ張られるような感覚、痛っ。
いつもより一時間遅れたが元気に家を出た子、朝礼には間に合うだろう。初代のお話を頂き直しながら、教えを嘘にしてはならないなとつくづく反省。頑張っている子供の成り行きを信じよう。「心配する心で信心せよ」神様の教導は日々新鮮だ。

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