変化球な お年玉

休みの日であろうと規則正しい長女が発熱した、始業式前日の事。症状からインフルではなさそうなので安静に、そして初代教会長が「病気の時は栄養があるものを食べさせなさい」と言いつつ時折幼い長女にこっそり食べさせていた高級アイスを準備した。熱は一日で下がり念のためもう一日休んだ後、いつも通り登校した。

幼稚園、小学校の年末年始は毎年恒例で病だった長女、溶連菌やら水疱瘡やら其の内容もさまざま。ちょうど行事も重なる年末年始、主人と休日当番医を探し夫婦で出るわけにはいかないのでどちらかが病院に連れて行った。症状がひどい時も長女は終始和やかで苦しそうな顔を見せる事はなかったが、私たちの慌てぶりに引け目を感じていたのかもしれない・・・。

親になるとはこういうことの連続から逃げ出さない事なのかもしれない、とすると、厄介な仕事やめんどくさい人付き合いを大切にする人が、人間として非常に豊かな事にも納得がいく。私の場合子供を通して自分の性格や性質にハッとさせられる事が多い。年始早々の体調不良というお年玉、でもあんまり頑張りすぎないでねと長女に言いたい。

もう一週間

今年になり一週間が過ぎた。一日に元日祭を頂き、今日まで新年のお参りが続く。テレビではあちこちの神社仏閣が初詣で溢れる様子を映し出す。無宗教時代と言われて久しいが、結構な人が一年の家内安全や商売繁盛を願いに詣でる。祈る姿は美しいと思う。自分の無力さが率直に体現されているから・・・。
どんな時代でも人は祈った。遠い記憶の母の実家には、かまどの側に神様が祀られていた。仏間とは別の間の高い所にも何か祀られ、祖母が毎朝それぞれにこんもり盛ったご飯を供えていた。きっとどこの家でも見られた光景、日本は八百万の神様の国、祈りは魂の欲する行為なのかもしれない。
私たちの祈りは「世界真の平和総氏子身の上安全」、とても大きい。しかしそのためには実践的願い「体の丈夫、家庭の平和」などがあり、生活がどれだけ信心に基づくかが問われる。教えを何度も反復すること、一日三回の御祈念、家庭のあり方(子供との関わりや教会長のお世話)など、金光教亀有教会は教祖様の教えを鏡とし、今年も地道に取り組みます。

元日祭

空に雲一つなく、風も穏やかな快晴の元日、髙松順子教会長ご祭主のもと、今年最初の御祭典、元日祭が仕えられた。今年は合楽教会初代親先生25年の式年、立教160年、そして新しい元号も定まるという「三つの節」が重なり、私ども亀有教会をはじめ合楽教会・関係教会にとっても、教団にとっても、お国にとっても、とりわけ大切な年となる。祭典後はそのことに関わって教会長(祭主)より新年のご挨拶を頂いた。
その後のお直会では銀座の中島さんよりお供え頂いた、お重のおせちをはじめ、お正月にふさわしい品々をみんなで頂いた。更に直会後も互いの信心話や近況報告、挨拶があちこちで交わされ、帰路に立つのをいつまでも惜しむかのような参拝者の熱気が広前一体を包み込む新年の幕開けとなった。

19.01.01 元日祭教会長挨拶



新春を寿ぐ

穏やかに晴れ渡る元日を迎えさせて頂きました。

自然災害が多い近年、行事を無事お迎えさせて頂くことの稀さを実感し、心の底から御礼申し上げます。

どうぞ神様のお働きの中に一切が整う一年となりますように、今年もよろしくお願いします。

ありがとうございます

世界と言わず日本の中でも小さな宗教団体、金光教。あっと驚くような奇跡が起きた時代や、先生がいたこともあったらしい、私は知らないが・・・。強烈なことはなかったが、御縁を頂いて30年、この宗教に出会えたことに感謝している。

教祖様は戌の年生まれ、素直な性格で信仰心と親孝行心を持たれていた方。一方私は亥の年、疑い深く悲観的で考え浅く生きていた。嫌いな言葉は「猪突猛進」。合楽教会にめぐり会い世界が変わった、そして今は自分を変革させている真っ最中。

はじめたばかりのホームページ、中身はまだまだですが教会と共に内容を深めてまいります。今年出会えましたこと、心より御礼申し上げます。合掌。