今年になり一週間が過ぎた。一日に元日祭を頂き、今日まで新年のお参りが続く。テレビではあちこちの神社仏閣が初詣で溢れる様子を映し出す。無宗教時代と言われて久しいが、結構な人が一年の家内安全や商売繁盛を願いに詣でる。祈る姿は美しいと思う。自分の無力さが率直に体現されているから・・・。
どんな時代でも人は祈った。遠い記憶の母の実家には、かまどの側に神様が祀られていた。仏間とは別の間の高い所にも何か祀られ、祖母が毎朝それぞれにこんもり盛ったご飯を供えていた。きっとどこの家でも見られた光景、日本は八百万の神様の国、祈りは魂の欲する行為なのかもしれない。
私たちの祈りは「世界真の平和総氏子身の上安全」、とても大きい。しかしそのためには実践的願い「体の丈夫、家庭の平和」などがあり、生活がどれだけ信心に基づくかが問われる。教えを何度も反復すること、一日三回の御祈念、家庭のあり方(子供との関わりや教会長のお世話)など、金光教亀有教会は教祖様の教えを鏡とし、今年も地道に取り組みます。
新春を寿ぐ
穏やかに晴れ渡る元日を迎えさせて頂きました。
自然災害が多い近年、行事を無事お迎えさせて頂くことの稀さを実感し、心の底から御礼申し上げます。
どうぞ神様のお働きの中に一切が整う一年となりますように、今年もよろしくお願いします。
ありがとうございます
世界と言わず日本の中でも小さな宗教団体、金光教。あっと驚くような奇跡が起きた時代や、先生がいたこともあったらしい、私は知らないが・・・。強烈なことはなかったが、御縁を頂いて30年、この宗教に出会えたことに感謝している。
教祖様は戌の年生まれ、素直な性格で信仰心と親孝行心を持たれていた方。一方私は亥の年、疑い深く悲観的で考え浅く生きていた。嫌いな言葉は「猪突猛進」。合楽教会にめぐり会い世界が変わった、そして今は自分を変革させている真っ最中。
はじめたばかりのホームページ、中身はまだまだですが教会と共に内容を深めてまいります。今年出会えましたこと、心より御礼申し上げます。合掌。
冬休み
子供が通った小学校は昨日終業式、冬休みの始まりだ。ひょんなことから毎朝「スクールゾーン」の看板を出すようになって8年、子供の卒業と共に誰かに引き継ぎをと役員さんにお願いしたが、しばらくしても頼める人がいない様子・・・、継続しますと伝えた時の会長さんと役員さんのホッとしたお顔は忘れられない。このくらいは地域への奉仕と思いつつも、休みの日はホッとする。
この看板通称「うま」と言う。実際横をすり抜ける車も多く役に立っているのか甚だ疑わしく思うこともあった。しかし8年の間に3回ほど「うま」は車にひかれた、とても頑丈なのに『ぐにゃり』と曲り人の力では少しも元に戻せない。倒しただけではなく、その上を通過した跡もあった。子供たちで無くて良かったと心底感謝した。
新学期までしばらくお休み。「うま」様、来年もがんばりましょう。
えっさエッサと
年末だと肌で感じることの一つに、神殿に収まらないお供えが廊下に置かれ、片側1車線状態になることだ。一年間の御礼の品々を見るにつけ教会長が毎日休むことなく、御結界奉仕を務められたことに畏れ多さを感じる。
六地蔵という昔話がある。貧しい老夫婦が年越しを前に餅の一つでもと思い、笠を編んで売りに行く。年の瀬の町はせわしなく、笠を売るおじいさんに振り向く人はない。降りしきる雪の中、とぼとぼと来た道を戻るおじいさんの目に寒そうにたたずむお地蔵さんが六体。被った雪を払い、売れなかったもので恐縮ですがと笠を被せ、足りない分は使い古しで済みませんと自分の手拭いをすっぽりと被せた。
帰り着きおばあさんに売れない笠をお地蔵に被せたと伝えると「それは良いことをなさいましたね。ついた餅より心持ち、白湯でも飲んで休みましょう」と、何もない年越だが二人は穏やかに新年を迎えようとしていた・・・なにやらえっさエッサと音がする。外をのぞけばお地蔵さんが海川山野種々の食材や金銀財宝を山のようにして夫婦の家の前に運び、その後二人は幸せに暮らしましたとさ・・・。
昔話はおじいさん(男性)が主役のことが多い。しかし結末の良し悪しにつけ物語の鍵となるのはおばあさん(女性)で、中でもこのおばあさんはピカピカに輝く存在だ。「良いことをなさいました」なんて言えます?思うに教会長の心の内ではこういう精進がなされているのだろう。お供えは地蔵様が運んできたもののように見えてしょうがない。ちなみに私なら「あなた今晩何を食べるの!」なんて叱責しそうでこわい。このまま「舌切り雀」のおばあさんにならぬよう日々心の内を改めよう、今年の汚れは今年のうちに。
