お育てを頂く

2人の子供たちには金光教や合楽教会について、特に何も教えたりすることはしていません、私にとってはかけがえのない出会いでこの道で全うすることに迷いはありませんが、教会に生まれ育つという経験がないので、すべきことは教えの実践のみかと。年頃の上の子は私には相当なストレスがかかっていると見えるようで、これはもう反省のみですが、下の子も黙ってお皿を片付けてくれるなど、2人とも思いやりあふれるお育てを頂いています。何よりありがたく感じるのは、信者さんの真心を真心として受け取っているところです「もったいないね」「すごいよね」と、心を遣って頂いているとキャッチできていることが、何より神さまのお導きあればこそです。
いつか合楽教会がどんな存在なのか求道の日が来るべく、そのためには1番近くにいる私の姿勢が問われるところです。バレンタインに頂いたチョコが綺麗すぎて食べられないと悩む下の子は、とりあえず写真に写していました、今日も一日ありがとうございました。

“お育てを頂く” への1件の返信

  1. おはようございます。子育て、子どもを育てることを通して親である私が育てて頂くということではないでしょうか。私達は、晃子を通して、その生き方を手本として学ばせて頂いています。今、二代親先生が、願われる復習と充実を自分に置き換えて何をすべきかと考えて思ったことが、初代の和賀心学を学び直すということで、最初の天地書附を学び始めた中で亀有のブログに出会いました。土の心で検索してヒットするのは亀有のホームページだけです。子供👦は親の背中を見ています。しっかり育つと思いますよ。今月今日私が信心させて頂きます。六代様のお言葉です。今日は和賀心デーにおかげを頂きます。今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。

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