昔は苦手なことが1番大切に思えるようになった〜歳のせいかしら

介護が必要だった先代を看取り来年の3月で3年、この間に喜びや楽しみなこと、難しい問題やまさかと目の前が真っ暗になるようなこと等お届けがあり、今現在もジリジリと試されている方々もいます、生きるというのは信心の有る無しに関わらずこういうことの連続なのでしょう、しかし思いもかけないお繰り合わせや成り行きのタイミングを確実に頂いていく皆さま、日頃の信心生活の賜物です、大切にしたいのは先代の心の柱でもあった「信心辛抱」の姿勢、若い頃は苦手な教えでした、今はこれだと言い切れます、今日も一日亀有教会お広前にておかげを頂きました、ありがとうございました。

“昔は苦手なことが1番大切に思えるようになった〜歳のせいかしら” への1件の返信

  1. 生きると言うことは信心の有る無しにかかわらず難しい問題や思い通りにならないことが繰返し起きてきます。そうですよね。しかしながら、この道の教えを頂き、それを信じて任せて、信心辛抱の思いで日々稽古に取り組むことかと。そのさきには思い以上願い以上の働きを頂く事が出来ます。昨日から心が落ち込む成り行きが有りましたが今日晃子にヨーグルトを食べさせながら晃子を見ます。自分では何も出来ない晃子がそこにいます。それでも笑顔で答えてくれます。晃子に比べたら小さな悩みなのだと気づかされます。元気をもらいます。日々稽古です。今日も1日宜しくお願いします🙇‍♂️⤵️合掌。

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