昨日たくさんのエンドウ豆がお供えに届きました、 朝からさやから出して月例祭前にはピースご飯が出来上がり、 御霊様へ御膳を上げることができました、初物です。
それを見て教会長と主人が驚いています、 昨日2人が拝聴した合楽教会初代親先生の昭和56年5月17日の ご理解に、グリンピースご飯のエピソードがあったそうです。 季節柄だからそういうことはあるよねと思う方もいらっしゃるかも しれませんが、教会でグリンピースご飯は数年ぶりで、 しかも初代親先生の残された8813教話の中の1教話を昨日聞い たということは、 神さまの働きと感じないならもったいないですよね。 神さまとまでは思わなくとも、 ちょっと出来過ぎくらいは思っていただけると有り難いです。
またそのご理解は頂き直します、 この教えは今私に必要なのだと成り行きの中に導きがあり、 そういう日々の積み重ねに成り行きは神の働きという道が、 はっきりと見えてくるのです。 教会の方向もこの導きを求め見つけながら、 様々な対応を決め進めており、 そういう意味でもお広前は常に新しい状態であると言えます、 二番煎じはないのですから。
気温の幅がある季節です、 おかげさまで教会長は元気に毎日御結界奉仕を恪勤されています、 日々のお祈り添えに心から御礼申し上げます、 今日もありがとうございました。

神様の働きと感じないなら本当にもったいないですね😃限られた空間で限られた日常の中で限られた出会いの中での出来事から働きだと感じることができるということが、この道を学んでいるから出来ることだと思います😃自粛、我慢、欲求不満では本当にもったいないですね。昨日新聞に、ある方の投稿が有りました。本当に自粛、自粛で、我慢も限界よね。とその方がいうと、その方の友人が、こう言われたそうです。私にとっては日常とそんなに変わらないわと。その方には体に基礎疾患があり、日頃から外出に制限があるとのこと。それを聞いて、改めて自分を見つめ直すきっかけになったとのこと。実は私も、そんなに変わらないのです。晃子のサポートを中心の生活ですから、ほぼ似たような生活なのです。
そう言えば我が家も先日から、美味しいピースご飯を頂きました。今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。