初代教会長髙松和子先生と東京のご縁

髙松先生は福岡の士族の家柄でした、戦後家運が傾き、進学の道を閉ざされた弟さんが親戚一同の猛反発を振り切り銀座の鮨屋へ奉公に上がります、両親は留める力もなく1人運命を切り拓かれ、髙松先生はご主人他界後、自らも東京へ働きに出、合楽教会へ修行に入ると髙松親子は東京布教と恩師の言葉がさがります。思えばその鮨屋とのご縁がこのお広前につながるわけで、今日その子孫の信者さんと改めて「あの没落と発心がなければ私たち1人もここにいませんね」としみじみ話したことでした。「難はみかげ」遠大な神様なご計画はその時はわかりませんけど、今を懸命に生きる姿勢にその道が拓かれると思います、毎日開拓者でありたい、今日も一日ありがとうございました。

“初代教会長髙松和子先生と東京のご縁” への1件の返信

  1. 今を懸命に生きる姿勢、それが本当に大切なのだと思います。私も晃子を通してその姿勢に学んでいます。どんな人生が良いのか、その人その人の生き方です。この道の教えから学んだものをしっかりと心に留め置くこと、思いを続けることだと。久留米は今日少し寒くなりました。元気な心で日々稽古です。今日も1日宜しくお願いします🙇‍♂️⤵️合掌。

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