変わるということ

今年初めての 金光大神祭り日 月例祭、教会長は骨折のため脚を上げた状態で、ご結界御用は差し障りないものの祭主を務めることは難しく、主人が祭主 典礼 賛者 3役を一手に引き受け勤めさせていただきました。
毎年1月の第2日曜日は「新春 亀有の宴」と銘打ち手料理を持ち寄りお神酒を並べ、 一年の指針とする み教え福引きを頂きます、親戚付き合いとは違う信心の繋がりは特別で、本当に例年有難い雰囲気の時間を共有しています。今年は各自参拝された折、または郵送で福引きをいただくことになりますが、思い返せば私たちが亀有教会に来てからの教会行事はその時々の事情に合わせており、変わらぬ形式で続いている祭典や行事は何一つないなと気がつきました。今年はこの形が神さまの思いであり願いの現れ、そこに沿い遂げていくのが教会の御用者の役割、釘付けにならないよう教えを残して下さった教祖さまはこのように生き通しておられます。
参拝こそありませんでしたが学ぶことの多い1日でした、お祈り添えをありがとうございます、皆さま明日もよろしくお願いします。

“変わるということ” への1件の返信

  1. 神様に向かわせ頂くという心の持ち方がしっかりしていれば、どんな状況下に於いても、その場所に合った対応をさせて頂くことで、この状況下にあっても心が折れることなく稽古ができるのだと思います😃久留米も氷点下の日々です。そんな中でも晃子が元気にさせて頂いていることが有難いですね。今日も1日宜しくお願いします🙇⤵️合掌。

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